経済学・哲学掲示板 過去ログ-1-

4月18日(金)19時37分11秒6月11日(水)06時14分59秒


アジア革命掲示板 投稿者:臨夏  投稿日: 611()061459

正式名、亜州革命参考資料板です
ネット友人の、蘇丹・加里耶夫(スルタンガリエフ)さんが、掲示板を立ち上げました。

http://6540.teacup.com/sultangaliev/bbs

内容は、表題の通り、みなさんもよろしく〜!
ここも(勝手に)宣伝しておきますね。
不都合ありましたら、おっしゃって下さい。

編集済


さえき 投稿者:臨夏  投稿日: 610()224943

「土人」らが、「さえぐ(さけぶ?」から、佐伯になったて、
司馬の『空海の風景』で読みました。

佐伯姓は、10何年かまえ、分裂病の妄想による家出(高校のころ)のとき、
使ていた芸名です、懐かしいな。。

もうすぐ、『世に棲む日々』入手できます。うれしいな。

民主主義論、レスするつもりで、プリントアウトしたの読んだりはしてるんですが、
アパシーがひどくて結果放置してます。
高望みさんが折角レスしてくれたのに、口ばかりで申し訳ないです、言い訳のみ。。


佐伯 投稿者:鄙親父。  投稿日: 610()182115

高望みさん、お大事にしてください。雑務処理で、帰って寝たくても帰れない?

私の第2の故郷、広島県佐伯郡(現:広島市佐伯区)も、その一例ということになるのですね。讃岐の国の空海さんの佐伯氏も。

編集済


佐伯部 投稿者:高望み@体調不良  投稿日: 610()175231

 現代語訳『日本書紀』でヤマトタケルのところを読み返していたら、ヤマトタケルが陸奥の国を攻略して連れ帰った蝦夷が、のちに瀬戸内地方一帯に分散されて、佐伯部となったとあった。各地に残る佐伯郡や佐伯氏はその名残だそうである。
 もっとも、文学的に評価の高い『古事記』のヤマトタケル説話のほうには、ヤマトタケルは相模の国までしか攻めに行っていない。

 意外なことに、聖徳太子の血は引いていないにもかかわらず、現在の皇室はヤマトタケルの血は引いていることになっている。


与太話ですが 投稿者:ザーカイ  投稿日: 6 8()144322

>>左翼にあるような怖くてヒヨれない、って雰囲気

>はやっぱりあるんですね〜。そういうレベルには最初から足を踏み込んまないようにしたので、やっぱりねえというしかないのですが。マルクス主義左翼の場合、観念的に「共同体」なるものを物神化するので、どうしても右翼以上に暴力団みたいなことになってしまうのでしょうか。

 ん?マルクス主義党派がそうなのはすごくよくわかるけど、左翼一般にもそういうのがあるのかな?たしかにマルクス主義でもなんでもない母校の○○一派は、いまでも濃厚な人間関係を続けているようですね。それは右翼の暴力団的な繋がりみたいなものか??

 おもうに浅羽通明みたいな人がいうように「学校だけでよい子」、現実社会へどう対応してよいか、理論武装して一々マニュアル化しないと動けない人たちの人間関係が「怖くてやめられない」というものに転じていくケースが多いのではないでしょうか?

 そういう人が右翼に行くケースは少なそうだから、左翼文脈に乗っかってくる。

 まっとも偏差値高い「学校でよい子」はマニュアル化・チャートが上手だから、若い時にギクシャクしていてもマニュアルに磨きをかけてそれなりに成立可能な生き方できるんでしょう(例えば宮台真治とか)。

 が、右翼でも行って「凶気の桜」して、いい加減でカタギに戻るか、高校で暴走族かヤンキーでもしていればよかった奴が、まかり間違って左翼やフェミなどの思想にカブレタ時は、頭で整理できず、定義のない「言葉」が脳内をグルグルして、それこそ自己呪縛から逃れにくいような気がする。

 個人的に浅田彰の本など読まなければよかった・・・とすごく後悔してます(苦笑)
高校時代に週刊プレーボーイの「構造と力」書評さえ読まなければ・・・。ただ早見優の水着ショットが観たかったから親に隠れてこっそり買っただけなのに・・・。ニューアカの理解不能な単語で脳味噌が迷子になってしまいました。

>雨宮カリン

 この間の反戦集会にコスプレしてよく来てましたよ。


オチのない話ですが 投稿者:鄙親父。  投稿日: 6 6()095131

下で臨夏さんが紹介されたミランダさんのメールに

>>-os という語尾は、男性名詞の単数語尾ですが、それは第二変化規則名詞の話で、男を意味する単語は、第三変化名詞で、aner(アネール)と言います。(・・・)<<

とありますね。これは、古代ギリシア語を勉強したものならばすぐぴんとこなければいけない話なのです。

ギリシア語の名詞は、どれも格変化をします。で、その変化には第2変化とか第3変化というパターンがあり、どの変化パターンの名詞かを識別するには、所有格(属格)のときにどのような語尾変化をするかが手がかりです。辞書にはかならずその所有格の語尾が出てるのですが、私はそれを見落としていた、ということです。

お退屈様でした。すんませんです〜。

編集済


(無題) 投稿者:高望み  投稿日: 6 5()234928

結局どーゆーことなのか、も少し解題してくださいな。


なるほど 投稿者:鄙親父。  投稿日: 6 5()233603

そういう類の話ともいえましょう。


なんのことか 投稿者:高望み  投稿日: 6 5()214056

よくわかりませんが、エンゲルス Engels は天使のはずなのに唯物論者だとか、マルクス・
アウレリウスはストア派のはずなのにマルクスの卒業論文はエピクロスだとか、そんな話しですか?

編集済


恥かしいです・・・ 投稿者:鄙親父。  投稿日: 6 3()231136

さすがにグノーシス思想専門のサイトを運営しておられる方ですね。私としては冷や汗かきまくりです。

いや、じつは、いまあらためて辞書を見たら、alexandros の属格(所有格)の語尾は-on でした。logos などと同系統の男性名詞なら、属格語尾は、-ou になるはずなのでした。そうか!ここで変だと思わなければならなかったのに・・・やっぱり、付け焼刃の語学はだめです(恥)。

編集済


語学 投稿者:高望み  投稿日: 6 2()062201

の話しはさっぱりですが、アリテレさんのその手の話しは、高校の頃以来おなじみです^^

ふー美国の大学のホームページをサーフィン(というほど渡り歩けないけど)して、どんな具合の組織構造になっているのか観察していますが、ちっちゃなローマ字が並んでいてさすがに目が疲れます^^;
 しかし、ローマ人とアメリカ人は建築と組織構成の才に長けているな〜、と感心する部分と、どうも妙に非組織的な感じの所もあって、このあたりはアングロサクソンの独特なところかな〜と思ったり。。。
 そろそろ撤収の準備をはじめなければ日光にあたって溶けてしまうな!

編集済


ミランダさんからの返事メールから抜粋。 投稿者:川魚  投稿日: 6 2()055454

むつかしいものでつね。。

////
 アレクサンドロスですが、alex+andros です。alex の部分
が、「防衛する」というような意味で、andros は、男の複数に
当たるはずです。-os という語尾は、男性名詞の単数語尾
ですが、それは第二変化規則名詞の話で、男を意味する
単語は、第三変化名詞で、aner(アネール)と言います。こ
の複数形は、andres と言いますから、この変化で、andros
ができたのでしょう。andros は、aner の単数属格の形です。

それと、アリストテレスは、質料と形相の二原因論ではあり
ません。二原因論は、中世哲学です。アリストテレスは、四
原因論です。「目的(テロス)」「動力(エネルゲイア)」「材料
(ヒュレー)」「形(エイドス)」です。椅子のたとえ話が有名な
はずです。椅子は、どういう風に存在しているか? 目的=
人が座るため、動力=技術者が働いて、形=目的に合うよ
うな形に、材料=木材(ヒュレー)で、造った、というのです。

ヒュレーというのは、森・樹木・木材というのが元々の意味で
す。椅子を造る「材料」が木材なので、ヒュレーが、「材料=
質料」というような特殊な哲学用語の意味に転化したのです。


とんでもないです 投稿者:たみちゃん  投稿日: 6月 2日(月)04時54分14秒

 

読みたいモノが山積みです。

「段階論の研究」は買ったものの、序文と目次でとまってますし・・・

 

でも、、、すごい、ってのを最近読んでませんねー。

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そうか! 投稿者:臨夏  投稿日: 6月 2日(月)03時48分18秒

 

それを忘れてました、永久循環やし、原理論は共時ですね。

段階論は、普通に通時とみたらええですか。

 

現状分析で、まったくの具体空間相になるんでしょうか。

 

じつは、宇野「段階論」、字面は追えるんですが、

まだ、こう、魂の触れて、フに落ちる、ということがないのです。

御書を熟読してみます。

 

また、西欧のマルクス主義に対して独自な点(いろいろ挙げてはりますが)、

さらに、友人は、宇野を「日本の構造主義」とかいうてましたが、それもピンときません。

構造主義云々は、世界システム論の先駆け、というところでしょうか。

それが実は、一般の世界システム論も、ピンとこないです。

理論でなく、地理上のもの、というような意味でしょうか。

 

すみません、とりとめないので、この書き込みには、いちいちのレスは不必要です(^^;

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たみちゃんへ 投稿者:高望み  投稿日: 6月 2日(月)01時58分32秒

 

>がんばれ新左翼!パート2 

 

 なるほど。しかし、たみちゃんは子育てその他をしながら本やネットをじつによく読んでいますね(驚嘆

 

>左翼にあるような怖くてヒヨれない、って雰囲気

 

はやっぱりあるんですね〜。そういうレベルには最初から足を踏み込んまないようにしたので、やっぱりねえというしかないのですが。マルクス主義左翼の場合、観念的に「共同体」なるものを物神化するので、どうしても右翼以上に暴力団みたいなことになってしまうのでしょうか。

 

 そういえば、どうみても塩見氏としか思えない体格の御仁がぼかしと音声を変えて「よど号と拉致(前編)」に出ていたけど、どういう意味があるのか謎でした。知られちゃまずい人には一目瞭然だろうし、知らない視聴者には顔出してもわからないわけだし。ああいう番組の雰囲気を高めるための演出効果なんでしょうかね。

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永久に瞬間する如くに 投稿者:高望み  投稿日: 6月 2日(月)01時48分26秒

 

ということで思い出しましたが、旧約聖書に出で来る、

 「ありてあるもの」(=かつてあった如くに、今もあるもの。永久不変のもの)

というのは、インド思想に出てくる、

 「如来」(タ・ターガタ かくの如くに来れるもの)

だと、SECT6(社学同全国事務局派)のF氏が言っておられました。F氏の場合は、徹底したヘブライストなので、ユダヤ教→インド思想という影響経路で主張されているのですが、ぼくは西アジア宗教史については麻原解釈の支持者なので、逆の経路のほうがありうべきだと思っていつも議論して埒があきません。あるいは共通の第三の起原を想定してもよいのではないかとも思いますが。

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臨夏さんへ 投稿者:高望み  投稿日: 6月 2日(月)01時35分56秒

 

>友人に、経済学者もいてるのですが

 

 みてみましたら、大学院はちょうど入れ替わりだったみたいですね。でも、経営学畑のようですので少し距離があるのですが。

 

>>経済原理が通時的で、段階論が空間的、というふうに読んでいます。

静態的な世界システムは共時的とはわかりますが、「段階」をまだ充分に読み解けてないので、

それをどのようにかして、共時軸、ととらえたいと思てます。

こんなふうに読んでおります。>>

 

 うーん、「段階」はとりあえずふつうに時間軸ではあるのですが。たしかに宇野さんの場合には、それぞれの段階が共時構造論なのかもしれませんね。それがブロックみたいに積み上げられるという段階論。ただ宇野理論では、原理論のほうも純粋資本主義社会を「永久に循環するかのごとくに」とらえるので、一種の共時構造論なんですね。

 宇野理論は、なかなか秘教的で一筋縄では理解できない体系なのです。

 

 で、僕自身はそうした宇野理論にたいしてどういうスタンスをとるか、ということなんですが、『段階論の研究』ではまだブレイン・ストーミングを宇野学派にたいして仕掛けているという段階で、明快な積極説を提示できてはいないのですね。そろそろ輪郭が出来てきた感じはありますが。

 

 その意味で、『段階論の研究』は二段底でわかりにくさはあると思います。まず宇野理論そのものが秘教的であるということ、さらにそれを批判的に再構成しようとしているが積極説を明示的に提示できていないということ、という意味で。

編集済

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>がんばれ新左翼!パート2 投稿者:たみちゃん  投稿日: 6月 2日(月)00時54分02秒

 

 鈴木邦男の直筆サイン入りのがうちにあります。というか、著者に会ってご挨拶したんですが。

 

 雨宮処凛の主演のドキュメンタリー「新しい神様」で、当時ナントカっていう行動派右翼だった彼女は塩見さんたちと北朝鮮に行くんだけど、手放しであの国のことを絶賛してました。

 そのドキュメンタリーのなかで、その右翼からは脱会してしまうのですが、印象的だったのは、脱会するときの「簡単」さでした。左翼にあるような怖くてヒヨれない、って雰囲気が、やめる側にも、その委員長といわれる右翼のカリスマの方にも全くなく。彼女の思い入れ自体が、左翼のそれとは根本的に異質なものだったのかもしれません。その前後のことは「生き地獄天国」に詳しいです。この本も面白かった。

編集済

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(無題) 投稿者:高望み  投稿日: 6月 2日(月)00時38分44秒

 

>>一水会のなんとかいう右翼のひとの本(『がんばれ新左翼!パート2』)に、

よど号のハイジャックの記事載ってましたが、

『宿命』に比べて、なんやら美化しすぎのように見えました>>

 

 右翼民族派にとっては北朝鮮は本当は非の打ち所のない国体のはずなんです。いまギャアギャア馬鹿丸出しで騒いでいるのは、右翼排外派であって決して右翼アジア主義派や民族派ではないのではないでしょうか、とか、あるいはあまりに理想的な国体ぶりに嫉妬しているのでは、とか、ちょっと言い過ぎかな?

編集済

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1972年 投稿者:高望み  投稿日: 6月 2日(月)00時34分18秒

 

に、よど号グループが記者会見してハイジャック闘争は不必要な闘争であったと自己批判している映像が紹介されていました。前編のほうで。

 勢揃いでビシッと背広姿に金日成バッジをつけたいでたちは、いかにも使えそうな若者たちという感じでしたが、印象的に感じたのは、田宮高麿の表情でしたね。他のメンバーはすっきりとした表情で会見に臨んでいましたが、リーダーの田宮だけはやはり金日成への思想的従属を表明することに内心忸怩たるものを隠せなかったのではないでしょうか。

 

 後年、塩見や高沢といっしょに会った直後に、田宮が急死してしまったというのも、なんだかな〜という話しです。初夏というのに寒いなあ。

編集済

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「よど号と拉致(後編)」 投稿者:高望み  投稿日: 6月 2日(月)00時28分53秒

 

「よど号と拉致(後編)」は前編よりも興味を惹かれませんでした。前編はよど号グループとその妻たちがどんな活動をしていたかを追ったもので、ごくふつうの明朗闊達な左翼学生の延長上の人物像で、ごくふつうのアパートや会社に居ついて、という話しは、なんともいえない気分になりましたが、後編は北朝鮮のプロの工作員の話なので、どうしても遠い話しにしか感じられませんでした。

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よど号では、 投稿者:臨夏  投稿日: 6月 1日(日)21時49分24秒

 

『宿命』_「よど号」亡命者たちの秘密工作 by 高沢皓司 /新潮文庫

 

が、わたしの周りで評価高いです。

わたしはまだ読んでませんが。

 

小田実が、田宮さんと肩組んでた写真を思い出します。

一水会のなんとかいう右翼のひとの本(『がんばれ新左翼!パート2』)に、

よど号のハイジャックの記事載ってましたが、

『宿命』に比べて、なんやら美化しすぎのように見えました。

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なるほど〜 投稿者:臨夏  投稿日: 6月 1日(日)21時04分42秒

 

経済あれこれ>

素人が言うてもしかたないですが、

経済は、言葉ひとつ見ても、奥が深いものですね、勉強になりました。

 

友人に、経済学者もいてるのですが、何故かつき合いが途切れていて、いろいろ話が聞けません。

↓(身元ばれるけどええわ)

http://www.bus.nihon-u.ac.jp/kyoin/profile/sunakawa.html

 

表も、経済学が専門のはずですが、いまでは哲学を目指してるようですし。

いろいろまたお聞かせください。

 

でも正直、『段階論〜』は、経済、(とりわけ近経)の部分より、

文明史区分のとこが一番おもろかったです。

 

しかしまあ、はじめっから読み返してて、

経済原理が通時的で、段階論が空間的、というふうに読んでいます。

静態的な世界システムは共時的とはわかりますが、「段階」をまだ充分に読み解けてないので、

それをどのようにかして、共時軸、ととらえたいと思てます。

こんなふうに読んでおります。

編集済

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(無題) 投稿者:高望み  投稿日: 6月 1日(日)20時54分34秒

 

>質問ができたら、また書き込まさせていただけますでしょうか。

 

 もちろんです。「循環」的現象は観察者の視点次第でさまざまに検出できます。自由主義と保護主義(重商主義といってもよいのですが)の交替はたしかにあります。ただ、「重商主義」というのは誤訳でほんとうは「重工主義」なのだということを大塚史学ではいっていたと思います。つまり国内産保護政策です。それに対して、自由貿易主義のほうが流通主義的なわけです。

 

 面白そうなサイトを紹介して頂きありがとうございます。これから、ちょっと「よど号と拉致(後編)」というNHkスペシャルをみまして、あらためてネットに戻りたいと思います。

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ミランダさまのサイト 投稿者:臨夏  投稿日: 6月 1日(日)18時16分28秒

 

以下の文は、懇意にしているグノーシス主義者、ミランダさまの文です。

 

じつは、高望みさんの文の一部を、申し訳ありませんが、無断で、一応匿名で、

こんなんあります、と紹介したのです。それの反響です。

 

以下は、彼女?のサイト

 

本サイト正面入り口(これは、経哲板下で、すでに紹介済みの分)

http://member.nifty.ne.jp/Khoora_Mirandaas/contents.html

 

このサイトの、掲示板(ゲストブック)に、もとのやりとりがあります。

下の、「反響1.2」は、ここのコピーです。

 

 

秘密論文日本文明論

*やはり、「秘密の論文」らしいので、URL紹介は、ミランダさまの了解を得てからにし  ますです。おもろそうな長文ですが。

 

ps,更に勝手ながら、この板の場所を、ミランダさまにお教えしておきました。

編集済

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反響2 投稿者:臨夏  投稿日: 6月 1日(日)18時11分43秒

 

328 Re^3: ちょっと長いですが、 コメント数:  0件

  Miranda et Marie RA. 2003/06/01 (日) 16:40

 

 「日本文明論」と仮に名付けている、訳の分からない文章を最近書いたのですが、そこで、「西欧文明」について、ヘブライズムとヘレニズムの融合などというような考えとは、縁のないことを書いています。西アジアの文明状況にも触れることができれば良かったのですが、何しろ、日本の文明についての文章なので、西欧と日本の比較で精一杯です。しかも、でたらめも甚だしいです。メールで、情報を送ります(アップしているURLを送ります。秘密の場所です。ここではありません)。

 それはとまれ、「グノーシス主義概説」の英訳を進めようと、AltaVista で機械翻訳して、適当に手を入れれば、行けるのではないかとも思いましたが、全然だめです。わたしの文章は歪んでいるからか、機械翻訳は結局、役に立ちません。自分で、訳文を造るしかありません。かなりいい加減なので、もっと見直さないといけません。まだ完成するのは、あと二回、作業しないとだめなようです。

    

//

329 Re^2: ちょっと長いですが、 コメント数:  0件

  Miranda et Marie RA. 2003/06/01 (日) 16:53

 

>>だとすれば、ペルシア帝国の交通圏において、すでにして、インド諸思想、ゾロアスター教、ユダヤ教、ギリシア思想等々が混淆する物質的基盤は十二分にあったことになりますので、そうした仮説を立てられる根拠はあるのです。

 

 ギリシア文明の話は少しおいておくと、ローマ帝国時代に、キリスト教のライヴァルの宗教として、「ミトラ教」というものがありました。これは、現代、七天使の教会だとか、新興宗教のような形で、新ミトラ教を提唱している人がいます。「ミトラ」とは、インドの「マイトレーヤ」だと言います。多分そうなのでしょう。マイトレーヤとは「弥勒(菩薩)」のことです。つまり、ミトラ教は、インドからローマに渡る、もの凄い広い領域(中国も入ります)に広がっていたというのです。Google で、「ミトラ グノーシス マイトレーヤ」などで検索すると、その人のサイトが出てきます。(マニ教も北アフリカから中国まで広がっていましたし、イスラム教も広がっていました。西方キリスト教だけ考えると、世界文明的には、非常にちゃちなのです。……マイトレーヤ信仰の普遍性は、中村元が「比較文明論」などで述べていました)。

編集済

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反響 投稿者:臨夏  投稿日: 6月 1日(日)18時10分23秒

 

326 Re: ちょっと長いですが、 コメント数:  2件

  Miranda et Marie RA. 2003/06/01 (日) 16:22

 

 臨夏さん:こんにちは

> 「西洋」をヘレニズムとヘブライズムの融合ととらえるのももの凄く歪んだ歴史像ですね。今のトルコ、シリア、パレスチナからエジプトにかけての世界と、ギリシア世界というのはほとんど一体の「歴史地理」世界ですからね。

 「西欧」(「西洋」ではありません)を、「ヘレニズムとヘブライズムの融合」と捉えるというのは、随分懐かしい考えです。そういう話は、高校生か大学生の始めの頃に聞いたような気もしますが、全然、そういうことを信じていないというか、考えていませんから。簡単には、トインビーの文明史観を知ると、「西欧」と「ヘレニク文明」は別の文明で、連続感は、継承と模倣学習から成立したので、決して実際には「連続していない」のです。

 ギリシア・ローマと中近東・西アジア・エジプトなどを一緒にするのも間違いに思えます。ヘレニズムで、融合・シンクレティズムが起こったので、そう見えるので、実は、全然別の文明です。(続く)。

 

//

 

327 Re^2: ちょっと長いですが、 コメント数:  1件

  Miranda et Marie RA. 2003/06/01 (日) 16:31

 

 ギリシア・ローマは「ヘレニク文明」と言い、エジプトは「エジプト文明」、オリエントの世界帝国は、「オリエント文明」です。この三つは別のもので、更に、「西欧文明」は、これらの文明の文化遺産などを継承模倣して育った文明で、これも別の文明です。文明の終焉には、「世界帝国」と呼ばれるものができ、広い範囲に大帝国ができ、文化や物資や情報が、広い範囲に流布します。この世界帝国の版図の流通性に乗って、文化、特に「世界宗教」が流布するのです。あるいは色々な地方文化が混じり合って、シュンクレティスムとなり、混合宗教が世界宗教となります。ゾロアスター教もユダヤ教もキリスト教も、こういう世界宗教なのです。

 西欧の視点で、西欧を中心に見るので、ヘブライズムとヘレニズムの融合などという、勝手な歴史観が出てくるのでしょう。最近、マニ教が非常に大きな意味を持っていたことを知りました。西アジアでは、世界宗教マニ教が新しい文明の準備をし、その上に、8世紀から11世紀にかけて、イスラム世界宗教文明が成立します。イスラムの方が、西欧よりも進んでいたのです。

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経済循環論 投稿者:臨夏  投稿日: 5月31日(土)18時59分28秒

 

重商主義と自由主義を、対立する二項ととらえたら、(交通と生産に、対応できましょうか)、

 

重商主義→自由主義→新重商主義=帝国主義→新自由主義、

 

と図式化できないでしょうか。

 

御書『段階論の研究』、いっぺん通読して、二回目、ところどころ読みかけてたの、

忘れてきたので、また序文から読みはじめました。

 

質問ができたら、また書き込まさせていただけますでしょうか。

編集済

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いやあ、この 投稿者:臨夏  投稿日: 5月31日(土)18時55分55秒

 

百科事典おもろいですね〜、

ええ勉強になりました。

 

因みに、わたしが言うてた、第五元素=エリキサのことも書いてますね、複雑な語源でつね^^;

〈賢者の石〉,〈霊

(エリクシル)〉の考えはこうして登場した。その

際,エリクシル elixir(アラビア語 al‐iks ̄r に由来

するラテン語で,英語ではエリキサー。al‐iks ̄r は

外傷用粉末剤を表すギリシア語 x^rion がアラビ

ア語化したものと考えられる)という言葉

 

わたしは神秘思想がやはり好きで、グノーシス主義のこういうサイトにも、よう遊びにいきます。

ここ、音楽が流れますが、ページによっては、「パッヘルベルのカノン」で、心地よいです。

http://member.nifty.ne.jp/Khoora_Mirandaas/contents.html

編集済

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なお、四元素の話・・・平凡社の百科事典より 投稿者:鄙親父。  投稿日: 5月31日(土)14時06分51秒

 

§コラム【四大の変容】

[古代の元素観] すべてのものが,何かある一

つ二つのごく少数の原初的なものから生まれたと

いう発想は,古くから各民族の考えの中にあっ

た。しかし万物の根源を求める思想の萌芽とその

開花が最も理論的に展開されたのは,古代ギリシ

アにおいてだった。万物の生みの親〈水の神オケ

アノス〉という考えは,すでに前8世紀のホメロス

の詩《イーリアス》に出ている。前6世紀の自然哲

学者タレスは〈水の神〉から人格的な神性を取り去

り,〈水〉そのものを万物の〈始源(アルケー)〉と考

えた。その後つぎつぎと〈空気〉,〈火〉などの説が

あらわれた。そして前5世紀のエンペドクレスは,

火・空気・水・土の四元素=四大説を唱えるに至っ

た。もっともデモクリトスのアトム atom 論にみら

れるような原子論も展開された。しかし四元素の

考えが,プラトン,アリストテレスという両哲学者に

より,世界構築の素材要因として受け入れられた

ことから,元素論は四元素という形で後世に受け

継がれた。

 〈元素〉を表す英語 element,フランス語

lレment,ドイツ語 Element などの言葉は,ラテン

語の elementum からきている。この語の語源を

めぐっていくつかの見解があるが,ギリシア語ア

ルファベットの字母を表すストイケイオン

stoicheion(複数形ストイケイア stoicheia)の考え

が受け継がれたことは確かであろう。すなわち,ラ

テン語字母20を2列に並べたときの2番目の列の

最初にくる l,m,n から el‐em‐en‐tum という言

葉がつくられたか,それとも elephantum(〈象牙で

つくられた文字盤〉の意)の ph が m に訛(なま)っ

てできたものか,その他いずれにしても,ギリシア

語にならって字母との関連から elementum の語

が出てきたことに疑いはなかろう。こうして,万物

構成のいわば字母にあたる元素は,さらにピタゴ

ラス学派の数学を重視するプラトンにおいては,

五つの幾何学的正立体をモデルに考えられた。

つまり,天上界の一つの元素をのぞく四元素(四

つの正立体)がわれわれの生成消滅の世界の元

素になった。例えば,火の元素は最も尖鋭的だか

ら,これには最も尖(とが)った正四面体が割り当て

られた。一方プラトンの弟子アリストテレスは,四

元素を四つの基本性質から説明した。つまり熱・

冷・乾・湿という基本性質があり,火であれば,そ

れは熱・乾二つの基本性質から成り立つとした。

プラトン,アリストテレスのこういう考え方は,近世

初頭まで各分野にきわめて大きな影響を与えた。

[中世の元素観] プラトンやアリストテレスの考

えは,とにかく,万物をつくるもとにカオス的な質

(ヒュレ)があり,それがイデア,エイドス(形相)を

とることによって四元素ができ,それを素材にこの

世の形態的なものができ上がるというものだっ

た。しかし,字母によってすべての多様な言語表

現ができるように,四元素を素材に万物がつくら

れるとすれば,すべて形ある現実の物質は,四元

素の配分いかんで変換ができるはずになる。つま

り鉛も金や銀に変わりうるのである。変換・変成の

この発想が錬金術思想の背後にある。そして,す

ぐれた哲学者たちの知恵により,この変換をみご

とになしうるものが求められた。〈賢者の石〉,〈霊

(エリクシル)〉の考えはこうして登場した。その

際,エリクシル elixir(アラビア語 al‐iks ̄r に由来

するラテン語で,英語ではエリキサー。al‐iks ̄r は

外傷用粉末剤を表すギリシア語 x^rion がアラビ

ア語化したものと考えられる)という言葉にもみら

れるように,キリスト教世界で異端視された錬金

術をはじめとするギリシア思想は,まずアラビア

世界に受け継がれ,次いでそれが中世後半のラ

テン世界に受け入れられたものである。このよう

にして中世ヨーロッパの錬金術は12世紀からおよ

17世紀まで陰に陽に栄えることになった。しか

しその際,四元素よりも変成の妙を発揮する水銀

が物質変換の中心的存在となった。また物質それ

自体は生物と同様に増成するという観点から,男

性的原理と女性的原理の拮抗・融和によって物質

の変化をとらえるという考えが定着し,水銀が女

性原理を,硫黄が男性原理を代表するという硫黄

―水銀の原素論がアラビア世界を通じて登場し

た。これがさらには,三位一体のキリスト教的発

想も手伝い,塩という中性要素を加えた硫黄―塩

―水銀の三原素説が四元素に優先する考えにな

った。特にこれは,パラケルススによりほぼはっき

り体系化されるに至った。ただしパラケルススの

場合,錬金術は金属変成の術というよりも医薬を

つくる術と考えられ,ここに医化学時代を迎えるこ

とになる

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そんなそんなー、どういたしましてー。 投稿者:鄙親父。  投稿日: 5月31日(土)14時01分20秒

 

私の手元にあるギリシア語の辞書は英語版です。ほかにもいろいろあるのですが、オックスフォードだったかで出しているこの希英辞書がたぶんスタンダードでしょうね。

 

現代ギリシア語はよく知らないんですが、以前、入門書をぱらぱら見た印象では、古代ギリシア語の細かい文法体系が簡略された言語、という印象ですね。文字もあのギリシア文字を使っています。古代ギリシア語を勉強すれば、現代ギリシア語の文語はわりにすぐに読めるようになる、と言われていますね。

 

あのサイト、面白いですよね。ヒトラーのアドルフは「高貴な狼」。リンダは「煙」・・・。そうか山本けむり、かあ・・・と。

編集済

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ありがとうございます 投稿者:臨夏  投稿日: 5月31日(土)13時31分59秒

 

ギリシア語の辞典て、希英辞典なんですか?

古代ギリシア語と現代のはやはり別ですか。

なんかの本に、ギリシア語は、古代からあんまり変化してへん、て書いてありましたが。

 

アレクサンドロス云々は、語源探求というより、おもしろネタのつもりやったんですが。

御教示の、ヨーロッパ語のサイトはおもろいですねえ。

高校のとき、これより簡単な表が、世界史教科書についてました。

 

でも、エカテリーナて抵抗あります、やっぱりエカチェリーナやないと。

もちろんロシア語知りませんが。。

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(無題) 投稿者:鄙親父。  投稿日: 5月31日(土)01時14分26秒

 

こういうサイトも・・・

http://www.f7.dion.ne.jp/~skmt/cielo/ref-room/englname.html

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とりあえず 投稿者:鄙親父。  投稿日: 5月30日(金)23時52分33秒

 

古代ギリシア語の辞典さっきみたら、alexandros って、普通名詞で、defending men とありました。普通名詞として登録されてます。この語形は単数形ですが、意味的には複数の男たちをひとまとめにして指し示す語みたいです。そか、「防人」、か。

取り急ぎご報告まで・・・。

編集済

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(無題) 投稿者:鄙親父。  投稿日: 5月30日(金)23時03分36秒

 

いやまあ、相手にしなかったというよりも、思いつきは思いつきとして面白いし、いかにもありそうな話だけど、確定的に主張するには言語学的な知見を援用して裏づけを取らないとねー、ということだったと思うんですが、・・・まあ、頭が固いことには変わりないっすね。

 

で、まさに高望みさんの言っておられたその話を、語源雑学みたいなかたちで展開している本を紹介したサイトがあって、以前それを高望みさんにも紹介したのですが、そのサイト、さっき検索しても見つからない・・・

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(無題) 投稿者:鄙親父。  投稿日: 5月30日(金)22時53分30秒

 

>かつて鄙親父氏にいったら、頭の固い鄙親父氏はまったく相手にしてくれなませんでしたけどねえ<

 

↑(笑)そうでしたねー。

 

疲れているので、あまり書き込めなくてすまんです。

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そうですか、 投稿者:臨夏  投稿日: 5月30日(金)22時09分44秒

 

アケメネス朝は、『歴史哲学』に記述ありますか。

いっぺん読まんとあきませんね。

これは意外でした。

 

東地中海世界>

 

どうにも、ギリシアだけ、はみ子、異端児みたいな気がしてたんですが、

どうやら、この世界の一員として、やってたみたいですね。

それが急速に「一人だけ偉い」みたいになったのはなんででしょう。

 

アサイヤとエウロペの語源も初めてしりました。ふ〜ん〜〜。

 

テラの語源はどっかで聞いたことがあるような気がするのですが。

水=アクアを、日本語で、「あか」というのはどうでしたか。

字をわすれましたが、佛さんに供える水の棚を、「あか棚」というでしょう。

サンスクリットか?

舟にたまる水も、「あか」をくみだす、といいますね。これもなんかに答えがあった気が。

 

厩戸の皇子の話もスケールでかあてよろしいですね。

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朝と夜 投稿者:高望み  投稿日: 5月30日(金)21時01分58秒

 

 アジア=アサイヤ=朝の国、ヨーロッパ=エウロペ=夜の国。

 小学生のとき図書室で読んだこの話、大人になってから突然ひらめいたのですが、朝と夜の語源はアサイヤ(朝嫌!)とヨーロッパにあるのですね。

 

 て、かつて鄙親父氏にいったら、頭の固い鄙親父氏はまったく相手にしてくれなませんでしたけどねえ。

 「寺=境内=世界=テラ」だという説も、僕にはほとんど疑う余地がないのですが、なかなか世間は受け入れてくれないのです。

 

 奈良の都にはペルシア人やアラビア人も歩き回っていたといわれているのにね〜。日本書紀にはイラン系トカラ人が来朝したと明記されていますよ。

 だいたい、奈良の都に移る直前に記紀に書かれた厩戸皇子の説話なんて、釈迦やイエスの出生説話とまったく同じなのは有名な話し。

 徳川氏が鎖国してからの特異な空間観念が、いまだに日本人には根強いみたいですね。

編集済

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「夜の国」から「西方世界」へ 投稿者:高望み  投稿日: 5月30日(金)20時56分43秒

 

臨夏さんwrote;

一神教>

インド思想いうたら、こないだ立川武蔵さんの講談社現代新書の『はじめてのインド哲学』買うたりしまして、ちゃんと読んでないんですが、どうにもブラフマンとアートマンが一体や、という命題「だけ」を、えんえん何千年も繰り返してるような印象を受けます。

ヌースとか、そういうものを汲み取れるのでしょうか。>>

 

 うーん、その本、どんなだったか忘れましたが、とりあえず、「ちゃんと読んで」みてくださいよ。そのうえで。

 

>>いつもわたしは、ローマ帝国期のサーサーン朝の説明がなんでないんじゃ!とか腹がたつほうです。ペルシアの思想的可能性とか、おもしろそうです。>>

 

 アケメネス朝のほうの思想的可能性については、ヘーゲルの『歴史哲学』がかなり詳しくやっていますよ。

 

>>高望みさん、下で、東地中海世界の説明で、ギリシアからエジプトまで「一体視」してはりましたが、ペルシア戦争、アレクサンドロス東征以前にギリシアと「アジア」のつながりというのはあったんでしょうか?>>

 

 もちろんです。ギリシア神話の舞台はカスピ海沿岸からエジプトまで広がっていますよ。もともとはオリエント神話やエジプト神話を翻案したものなんです。その点は、旧約聖書の創世記も同様ですよ。

 むしろ、それまで後進地帯(夜の国!)であったギリシアがペルシア戦争に勝つことで、はじめて「東と西」という自意識が確立したとみるべきではないでしょうか。遅れた「夜の国」から自立した「西方世界」へ、の自意識の転換です。当時、ペルシアに勝ったということは、日露戦争で日本が勝ったとか、ベトナム戦争でベトナムが勝ったようなものだったのですから。

 そこで、いわば「神風ギリシア」みたいなナショナリズム=ヘレニズムが生まれ、その勢いがついにアレキサンダー帝国の形成にまでいたったわけでしょう。

 

>>関係ないですが、アレクサンドロスという名前の意味、第五元素=エリキサ=エリクシャー、と関係ないでしょうか。ギリシア語でどういう意味なんでしょうか。

彼の師匠が、四大元素説を唱えたアリストテレスなもんで、気になるのです。>>

 

 語学については、鄙親父さんに聞かないと皆目わかりません^^;

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印刷 投稿者:臨夏  投稿日: 5月27日(火)23時29分11秒

 

>そのほうが紙代が浮くと思いますよ。

 

なるほど、そうですねえ!

紙も、それに、インクがなんであんなにべらぼうに高いのか。

それに、プリントアウト、うっかりしてたら勝手にカラーにしよるし(笑

 

ゆっくり読ませていただきますw

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(無題) 投稿者:高望み  投稿日: 5月27日(火)16時56分57秒

 

 ↓すでに無事解決していたようですね。鄙親父さん、どうもです。

 

 ネット上のテキストをプリントアウトする場合、僕はたいてい自分のワープロソフトにコピーして適当に文字サイズなどをレイアウトしてますが、そのほうが紙代が浮くと思いますよ。

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>臨夏さん 横レスですが・・ 投稿者:鄙親父。  投稿日: 5月27日(火)13時50分35秒

 

 さらぎさん追悼文のサイトそのものがうまく表示できないのでしょうか。変ですねー。問題の文章をコピーしたやつをテキスト・ファイルにして、添付ファイルでためしに臨夏さんに送ってみます。

 

 ところで、プリンター直ったんですね、よかったですね。

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お願い 投稿者:臨夏  投稿日: 5月27日(火)13時31分27秒

 

「ロシア革命の幻想と「68年革命」論の虚妄――さらぎ徳二氏の追悼を含めて――」

 

をプリントアウトしようとしたのですが、一番右端の1.2字がどうしても、

画面からはみだしてしまいます。

ウィンドウを大きくしても同じでした。

尚、最初のほうの行で、大きく、字が画面の右の遠いとこまでとんでいるところがあります。

なんとか印刷できるようにならないでしょうか。

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下の区分わけ、 投稿者:臨夏  投稿日: 5月27日(火)01時46分05秒

 

受け入れたら、

段々、ソフトウェア化していく、とも読み取れそうです。

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人類史あれこれ 投稿者:臨夏  投稿日: 5月27日(火)01時39分53秒

 

1万3000年まえくらいに、農業革命があって、

フランス革命くらいに、産業=工業革命があって、

そしていま、情報革命があるわけです。

 

わたしは、文明史4区分を受け入れるとして、近世化=ルネサンスを重要視しますから、

ここでもなんか言いたくなりました。

 

ちょうど、重商主義のころでもありますし、

「商業革命」と言うてみるのはどうでしょう。

欧州史で、高校教科書に書かれてる、「商業革命」もこのころですし、

近世という時代を、商業革命の視点から見直してみるのはどうでしょうか。

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ホームページ更新 投稿者:高望み  投稿日: 5月17日(土)04時03分19秒

 

 カルチュラル・スターリニズム(意味無し)のコーナーを新設しました。

長年にわたり書きためたわずかばかりのサブカル系の文章を掲載しました。

re:説苑のこと  投稿者:高望み  投稿日: 5月 9日(金)23時04分24秒

 

>>日本・東アジア社会の細胞形態と「民主主義」は決して難解ではありませんでしたが、なんだ、結論はそれかー・・・と。>>

 

 本人も思っているところですが、あれだけでは市民派理論と同じになってしまうのでつまらないなあ、とは思っているのです。ただ、そこを素通りしてきたので、しばらくそこらあたりを徘徊して探索してみる必要もあるか、と。

 

 「閑話休題」の使い方は、勝海舟の『氷川清話』に、滝沢馬琴が明清の小説をよく読んでいて、そこから「閑話休題」なんていうのを使っていて云々といっていて、そうか、坂本九ちゃんがいっていたのは、そういうことだったのか、と思った次第。「それはさておき。」(広辞苑)

編集済

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説苑のこと 投稿者:たみちゃん  投稿日: 5月 9日(金)20時05分00秒

 

やはり、情況への雑文じゃなかった言語不全読むと、経済学よりも「歴史好き」なのかな、て思います。

 

日本・東アジア社会の細胞形態と「民主主義」は決して難解ではありませんでしたが、なんだ、結論はそれかー・・・と。

それから、さらぎ追悼文の中で「閑話休題」て使ってますが、あのように使うのですか?

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ああ、 投稿者:臨夏  投稿日: 5月 9日(金)13時28分12秒

 

こっち書いてませんでした、もう少しお待ちください。

べつにすごいもの書けるわけでもないですが。。

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信用論 投稿者:高望み  投稿日: 5月 4日(日)20時54分34秒

 

 『資本論』第三巻の信用論の部分を読み返しています。未整理の草稿をもとにエンゲルスが編集しただけのもので、まったく未完成の抜粋ノートみたいなものなんですが、それでもやはりマルクスの「頭の強靱さ」に、久しぶりに感心しています。マルクスとマルクス主義者は全然無関係であるという、あまりにもありきたりの普遍的な命題に、その都度感心してしまいます。マルクス経済学者もだいぶ縁遠いな……。

編集済

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またupしました。  投稿者:高望み  投稿日: 5月 2日(金)22時19分21秒

 

 書きかけの仕掛品を仕上げました。これは少し難解かもしれません。

 

日本・東アジア社会の細胞形態と「民主主義」

http://bundpro2.fc2web.com/Sehen/sub8.htm

 

自由主義と民主主義について その二 投稿者:高望み  投稿日: 5月 2日(金)18時40分22秒

 

 民主制という統治形態のもとで、しかも無産大衆にまで発言権が拡大すると、個々人の自由よりも平等な分配のほうが優先される場合もある。したがって、民主主義はむしろ個人主義・自由主義の対立物である社会主義に近づく傾向があるものだという考え方が、なされてきたわけである。

 

 しかし、ヘーゲル法哲学では、すべての個人が生まれながらにして自由であるということが、人間として生まれたこと自体によって保障されるような近代社会では、政治形態も民主主義になるというように考えられたのであった。すべての個人が平等に自由であるような社会における政治的な意志決定は、民主主義によるほかはないからである。

 

 しかし、いうまでもなくヘーゲルの近代国家像は、協同組合(コルポラチオン)や官僚機構(ポリツァイ)が重要な役割を果たし、世襲君主制がそのうえに乗っかっているようなものとして描かれていた。それは、自由競争の行われる「欲求の体系」たるブルジョア社会においては、必然的に生ぜざるをえない貧富の格差などを、福祉国家体制によって緩和するようなものとして描かれていたのである。

 つまり、ヘーゲルの描いた自由民主主義(リベラル・デモクラシー)とは、福祉国家体制を含むものであり、それはむしろ社会民主主義に近いものだったのである。

 

 その意味では、自由主義と民主主義が相反するという伝統的な考え方と、ヘーゲルの考え方も矛盾はしていない。むしろ、相矛盾する二つの思想原理を結合したものがヘーゲル的な意味での自由民主主義だったのである。

 

 自由主義と民主主義は政治思想の系統としては別系統のものである。個人主義的な自由主義はブルジョア社会段階に大いに発達してきたものである。それに対して、ブルジョア民主主義が議会制民主主義というかたちではじまるようになると、選挙権の拡大をとおして、民主主義の基盤が拡大されていった。次第に大衆民主主義へと発展していったのである。(ブルジョア政治学や市民社会派政治思想史では「退化」していったとみるそうだが!)

 

 その結果、自由民主主義、さらには社会民主主義というように、福祉国家的な社会主義的な要素が増大することにもなってきたわけである。それは、大衆がまだ貧しく、政治的な要求が社会主義的なものである限りでそうであった。

 

 しかしながら、1970年代以降の先進諸国では、大衆民主主義の要求がかならずしも社会主義的なものに直結しなくなってきた。そのことが、新自由主義というかたちで、あたかも個人主義的な自由主義が回帰してくるような政治現象をもたらしている一因となっていると考えられよう。

 とはいえ、剥き出しのかたちで個人主義的な自由主義が跋扈するのは知識人の思想・言論の中においてだけである。現実政治の世界においては、個人主義、新自由主義的な傾向の強い自由民主主義と、社会民主主義的な傾向の強い自由民主主義との対立軸という事にならざるをえないのである。(了)

編集済

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自由主義と民主主義について その一 投稿者:高望み  投稿日: 5月 2日(金)18時39分47秒

 

 日本ではなぜ、民主主義というとブルジョア民主主義というようにとらえられる傾向が広まったかと考えると、自由主義と民主主義の混同ということにも思い当たる。

 「史的唯物論の公式」においては、自由主義というのはまさしくブルジョア社会の産物だと考えられてきた。ブルジョア社会における個人の自由の主義だから、ブルジョア社会段階のイデオロギーだという考え方である。これ自体、完全に正しいかどうかは厳密には検討の余地があるが、ごく大雑把にはそういっても差し支えない図式であろう。

 

 最初に個人の自由を基盤とするブルジョア社会が発展したイギリス、オランダ、フランス、アメリカでは、自由主義(リベラリズム)と民主主義(デモクラシー)とは、じつは別系統の政治思想とみなされていた。

 ところが、後進国であるドイツでは、カントやヘーゲルによって観念論哲学によって自由主義が根拠づけられていったが、ヘーゲルにおいては、すべての個人が自由であることを自覚した近代社会の政治形態は必然的に民主主義でもあるとされた。すべての自由な個人が自己決定できる政治制度は民主主義にほかならないからである。

 

 このようにして、ヘーゲル法哲学においては、自由民主主義(リベラル・デモクラシー)ということが近代社会の原理として掲げられている。ドイツ哲学の影響が強かった日本でも、自由民主主義(リベラル・デモクラシー)を一体のものとしてとらえるという考え方が受け入れられたのではないだろうか。

 

 また、第二次大戦後の日本では、自由民主党という羊頭狗肉の名前を名乗る政治党派が長期政権を続けてきていることも、自由主義と民主主義を同一視しやすくしてきたであろう。

 

 マルクス主義でもレーニン=トロツキー=スターリン主義でも、自由主義はブルジョア社会段階に対応するものと考えられていた。それに対して、民主主義は特定の発展段階の対応物というわけではなく、君主制・共和制・民主制という統治形態の三類型の一つと考えられてきた。あるいは、各発展段階ごとに、ギリシア=ポリスにおける自由民の民主主義、ブルジョア民主主義、プロレタリア民主主義というように、基盤の拡大するものと考えられてきたのであった。

編集済

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upしました。 投稿者:高望み  投稿日: 5月 1日(木)18時24分46秒

 

「ロシア革命の幻想と「68年革命」論の虚妄――さらぎ徳二氏の追悼を含めて――」

2003年5月1日、upしました。府川充男氏の論文への考察も含んでいます。

 

http://bundpro2.fc2web.com/Sehen/sub7.htm

 

編集済

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こんばんは 投稿者:臨夏  投稿日: 4月30日(水)20時14分35秒

 

丁寧で重厚なご批判、どうもありがとうございます、

プリントアウトして、何遍か読んでからまた書き込みいたします。

 

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因みに、表三郎が本を出しました。

 

>『答えが見つかるまで考え抜く技術』サンマーク出版 1300円

 

人生のなかで、どう考えていくか、ということを、サラリーマン向けのハウツー本に

仕立て上げた本です。

めちゃくちゃ読みやすく、すぐ読み終えれますが、ボリュームがものたりないです。

ライターに書かせた(口述筆記)からでせう。

内容は、頭ええなあ、と思わせるし、

また、さらりと読み流せそうで、案外深いバックボーンがあるな、というものでした。

編集済

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「民主主義」をめぐって その3 投稿者:高望み  投稿日: 4月30日(水)16時35分43秒

 

 以上を整理してみましょう。まず、民主主義とはブルジョア民主主義に限られるものではない。次に、民衆の発言権の増大の究極として大衆民主主義が発達した場合、大衆の要求項目には当然、社会主義的な要素が多く含まれるが、かならずしもそれがすべてとは限らない。さいごに、民主主義という言葉には、民衆の発言権の増大という意味とともに、それを具体化するための仕組み、手続きといった意味もある。仕組み、手続きとしての民主制と民衆の発言権の増大としての民主主義の要求が転倒して現れて、独裁制を帰結することも、歴史上よくみられたことである。−−

 

 以上から、日本の全共闘運動や中国の「文革」には、民衆の発言権の増大を志向する側面が確実に存在しました。しかし、そこには「近代の超克」型の没論理的な糸のもつれや、ソ連・中国型の「民主集中制」「人民民主主義」という夾雑物によってみずから袋小路に陥って押し潰されてしまう宿命的な構造があったのではないでしょうか。

 

 そのうえ日本の場合は、竹内好や丸山真男のような「市民」派的な政治思想家たちへの全学連・全共闘学生の読み方のもつれも加わっていて、大変に複雑だと思います。なかなかわたし自身、そこから先へは進めないでいるところです。(了)

編集済

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「民主主義」をめぐって その2 投稿者:高望み  投稿日: 4月30日(水)16時33分27秒

 

 第二に、独裁者=専制君主→貴族→ブルジョア平民→プロレタリア大衆というように、民衆の発言権の増大をとらえた場合、もしもかりに、プロレタリア大衆が教科書通りに社会主義的な政策を要求するものとすれば、民主主義は社会主義として完成することになるわけです。

 

 しかし、現実には、1970年代以降の一般大衆は、社会主義の限界に気がついてしまいましたから、必ずしも、そのようなかたちには進まない面も出てきます。大衆民主主義は福祉国家などの社会主義的な側面を促進しますが、かならずしも一義的に民主主義=社会主義ということになるとは限らないのではないでしょうか。

 

 第三に、民主主義という言葉は、政治的な意志決定の仕組みや手続きを指しています。この場合は、鄙親父掲示板でいわれていたように、君主制・貴族制・民主制という三つのパターンが基本的な類型とされています。これは、大統領制・共和制(代議制)・直接民主制と置き換えてよいものです。しかし、民衆の発言権が増大することが民主主義だという側面だけにしぼってしまうと、このような仕組みや手続きの側面はどうでもよいこととなってしまいます。というのは、民衆の意志を直接に汲み取れるのは、多種多様な人々が寄り集まる民会や、利権・利害関係の錯綜する代議制の議会よりも、シーザーやボナパルトや総統や現人神や民主集中制の独裁者である、という事態は歴史上くり返しあらわれてきたからです。

 民衆が代議制、議会制民主主義、間接民主主義に飽きたらず、直接民主主義を志向すればするほど、帰結するのはこうした「超人的に人々の声を聞き分けられる」指導者への個人崇拝を過剰化した独裁制である、というのがよくみられるパターンです。「文化大革命」にもそうした側面はなかったでしょうか。

編集済

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「民主主義」をめぐって その1 投稿者:高望み  投稿日: 4月30日(水)16時32分54秒

 

 まず「民主主義」についてですが、この言葉には多面的な要素がありますね。

 言葉そのものとしては、民衆による支配という意味ですが、そこからは多面的な意味合いが出てきます。

 

 第一は、民衆の支配権力への発言権が増大するという側面です。この側面を突き詰めていくと、当然、独裁者=専制君主→貴族→ブルジョア平民→プロレタリア大衆というように、民主主義の範囲が拡張していきます。そして、プロレタリア大衆が、古典的なマルクス主義の描くような労働者階級のような存在ならば、このプロレタリア大衆民主主義は、必然的にプロレタリア独裁ないしはプロレタリア民主主義と同じことになります。

 

 たみちゃんも言っているような、民主主義というとブルジョア民主主義という表象が出てくるのは、このような歴史的な流れを、「史的唯物論の公式」にあてはめることによってだと思われます。このようなとらえ方は、日本のマルクス主義系統では一般的です。

 

 ところが、よくよく考えてみると、マルクス主義はもちろんレーニン・スターリン主義ですら、そのような考え方をとってはいないことに気がつきます。

 レーニン・スターリン主義は、あくまでも議会制民主主義を否定して民主集中制(という詭弁的な独裁体制)を唱えたのであって、民主主義という「いちじくの葉」を捨て去ることはしませんでした。このこと(民主主義を詭弁的に言い繕う独裁体制)は、ロシア・マルクス主義の系譜を引く各国共産党や第四インター系の組織論に共通しているものと思われます。

 

 また、臨夏さんが触れていないのは不十分だと思ったのですが(早めに指摘できずゴメンナサイ)、第二次大戦後、中国共産党や、ソ連の占領下の東欧の共産党は、「人民民主主義」という概念を採用していたと記憶しています。これは、ブルジョア民主主義とプロレタリア独裁の過渡期において、農民などの広い基盤をもった「人民」による「民主主義」をとるというものだと思います。そのため、中共は、タテマエ上は一党独裁体制をとっていないはずです。ソ連以外が国名を「社会主義共和国」とせず、「人民共和国」「民主主義共和国」等々としているのもそのためでしょう。

 

 このように第二次大戦後のソ連・中国スターリン主義は、「人民民主主義」路線を採用していましたから、日本共産党も、まずは「民主連合政府」の樹立を掲げるという戦略論をほぼ一貫してとってきているものと思われます。

 

 だとすると、民主主義はブルジョア民主主義であり否定の対象だとする日本のマルクス主義に特有の見方は、どこから発生したのかというと、どうも、戦前の「近代の超克」論の系譜から発生したのではないでしょうか。「近代の超克」論においては、「近代」「市民社会」「自由主義」「民主主義」がひっくるめて「超克」の対象だとされました。

 

 このような乱暴な考え方は、安保全学連から全共闘学生までの、「見る前に跳べ」で考えなしに行動した人々のあいだに、無自覚のうちに受け継がれていったのではないでしょうか。

 さらにそれを助長したのが、廣松渉の「近代の地平からのパラダイム・チェンジ」論であったり「ポスト・モダン」論であったりしたのではないでしょうか。このあたりの糸はもつれていて、そう簡単にほぐせそうにはないのですが。

 

 あと、マルクスの『フランスの内乱』には、議会制民主主義や三権分立を「乗り越える」ものとしてパリ・コミューンが立法機関と行政機関を一体化したことを高く評価して、そこからコミューン三原則を抽出しています。このあたり、マルクスの政治制度に関する不見識を示しているとしか思えないのですが、原理主義的マルクス主義である新左翼系統の一部では、これを典拠としてブルジョア民主主義として議会制民主主義を否定・批判する誤った見解が流布していったのかもしれません。

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おひさしぶりです 投稿者:臨夏  投稿日: 4月30日(水)15時28分06秒

 

>とんでもありません。こちらこそ、

 

どうも、安心しました、

それではご足労ですが、批評、待ち受けております。

 

鄙親父さんとこでは、たみちゃんと3人で、がやがや、趣味話を繰り広げております。

こっちでも、ふってみたんですが、いまはあっちにいってますね。

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re:更に書き直しました 投稿者:高望み  投稿日: 4月30日(水)15時08分51秒

 

>>掲示板よかれ、と思って書き込んでいるんですが、もしか不必要な場合は、

御縁量なく仰ってください。

 

 とんでもありません。こちらこそ、アクセスの場所が限られていたり、この十日間ほど時間がほとんどなくて、レスが遅れがちで申し訳ありません。また〜りといきたいと思っているのです。

 

 で、今日は夕方まで時間があるので、これから少し臨夏さんの研究計画書を読んで考えてみたいと思います。

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更に書き直しました 投稿者:臨夏  投稿日: 4月28日(月)19時48分44秒

 

掲示板よかれ、と思って書き込んでいるんですが、もしか不必要な場合は、

御縁量なく仰ってください。失礼致します。

 

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台湾大学研究計画書/2003.04.27.

 

中国と日本の近現代民主主義

 

  近代は、民主主義の時代である。地域によって、その歩み方は多様である。旧東側陣営と旧西側陣営の例として、それぞれ中国と日本とを挙げ、それぞれの民主主義を比較してみよう。

  

  特に、文化大革命を世界の民主主義発展史のなかに位置づけることによって、西欧の産物であり、ウエスタンインパクトである民主主義を、西欧とは異なる角度でみてみたい。そして、それによって、従来の西欧中心史観を乗り越えたい。

  

  まず日本では、昭和期に、二種類のインテリ層があった。一つは、民主主義を発展させようとした人々で、もう一つは社会主義者であった。彼等は、直接の社会主義革命を目指した。ゆえに、民主主義を、社会主義実現のための途中段階と、過小評価したり、あるいはそれを、まったく虚偽のものである、とみなし、完全否定したりした。その結果、日本の民主戦線の崩壊を招いた。

 

  中国でも日本と同様に、社会主義崇拝のあまり、いわば「民主主義抜きの社会主義」とでもいうべき現象がおき、民主主義も育たず、肝心の社会主義的民主主義も、未だ産まれていない。

 

  20世紀は、帝国主義と社会主義の相克の世紀であった。しかし、20世紀の終わりに、社会主義圏が解体し、帝国主義も変容して資本主義は新たな段階に入ったかに見える。そういう今、21世紀の地平に立って、20世紀を振り返ってみると、かえって、民主主義こそが、社会主義の究極の目標であったことが見てとれる。

  

  文革は、民主主義の土壌のない場所での、主意的な「民主主義運動」である。毛沢東は民衆の主体性を重視した。本来、中国には社会主義社会建設にとって必要なプロレタリアートがいない。そこで、毛は民衆を教育によって改造して、無理矢理プロレタリアートを作ろうとした。これが、文革にも引き継がれていく。これこそは、従来、強く喧伝されてきた「上からの文革=民主主義」の面である。わたしは、毛らの意図の範囲外であった、民衆からの、「下からの文革=民主主義」を発掘していきたい。これを、文革期の、とりわけ理想主義的な側面を強く持った、紅衛兵らの大字報などから、析出していきたい。(*遇羅克の『小字報』など)

 

  文革は、結局、全面的に挫折したように見える。しかし、新しい、全球的民主主義のなかで、文革の経験、とりわけ、この「下からの民主主義」の遺産が、息づいていかないものであろうか。

 

  1968年は、世界的に、フランス五月革命、アメリカ公民権運動、日本の大学闘争などが同時多発した、”革命”の年であった。従来、68年革命について、欧米日の相互関係を論じる研究があったが、わたしは、中国文革をもこの関係の中に加える視点を持ちたいと思う(日本の表三郎は、文革が、日本の大学闘争をもい導いていた、との見解を示している)。このとき、日本では全共闘、中国では紅衛兵の活動が吹き荒れていた。わたしは、この二つの現象を、軌を一にするもの、と見る。それぞれ、全共闘運動をもって、日本の現代民主主義を、紅衛兵運動をもって、中国のそれを考える材料にしてみたい。

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雑文はたくさん 投稿者:高望み  投稿日: 4月24日(木)00時42分16秒

 

書いてきたけど、「多国籍企業」なんて手袋をはめながらでなければ書いたことはないんですよ。

オレに言わせりゃ、多国籍企業論っていうのは、ハイマーていう米国で早死にした近代経済学者が隠れレーニン主義として展開した資本輸出論にすぎない代物で、トンデモ=レーニン主義系エセ経済学者たちが喜んで使った概念なんだからね。 

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あ、訂正です 投稿者:周  投稿日: 4月24日(木)00時29分33秒

 

>三一書房(だったと思うな)から新書版で「現代のトロツキズム」という本

 

思い出した。青木新書でした。1960年に出された本ですね。

 

http://shomon.net/ryumei/

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周さん、いらっしゃいませ 投稿者:高望み  投稿日: 4月24日(木)00時25分33秒

 

「津田道夫」で琴線に触れるとは意外でした。僕などは古本屋でよくみかけた名前だな、という程度で、実際に読みかけたのは比較的近年出た三浦つとむ論だけです。なんだか、浅くて薄味な感じが「構改派」でした。

 ネット上にあらわれているのは、まさか本物とは思われませんけどね。なんとなくかなり若い中核好きなのかなと思うんですけど、どうなんでしょうね。

編集済

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「津田道夫」というと 投稿者:周  投稿日: 4月24日(木)00時05分10秒

 

 まず、あの掲示板の書込みを読んだのですが、本ものなのかな。いや、なん

となく読むと、内容は本ものみたいだけれど、もうかなりなお年のはずですね。

うーん、とにかく驚きました。

 あ、この「経済学・哲学掲示板」は初めての書込みですから、自己紹介しま

す。

「将門Web」の萩原周二です。ハンドル名は周です。よろしくお願いします。

 

 それで、津田道夫というと、たしかに「構改派」といえば、当たっているん

ですが、それにしても懐かしい名前です。たしか1年くらい前に、本屋でその

懐かしい名前で、思わず本を手にとって、読んでみましたが、「昔もひどい馬

鹿(私はこの「馬鹿」というのは、そんなに貶しているつもりではないのです)

だったけれど、それにしてもいいところがあったのに、今はもうこれはどうしっ

ちゃったの?」というくらい、呆れ果てたものでした。

 津田道夫さん(やはり「さん」をつけてしまう)といいますと、大昔三一書

房(だったと思うな)から新書版で「現代のトロツキズム」という本を出され

まして、それの内容が日本共産党の琴線に触れたのでしょうが、日共を除名に

なりました。内容はトロッキズム批判だったのですが、それを展開する中で、

当然にまず日共を批判したもので、それで日共官僚は頭に来たのでしょう。

 日共は、党員を総動員して、この本を買いまくったといいます(これは当時

の党員から聞きました)。神田(だけではなく日本中でやったのでしょうが)

の書店から、この本は一冊も無くなったといいます。

 私はたしか1967年の冬に、赤羽の古書店「紅屋」で、この本を手に入れ

たものでした。

 その後、私が東大闘争で、府中刑務所に勾留されているうちに、私の1年先

輩が私の部屋から借りていきまして、そして今もそのままです。私としては返

してほしいんですよね。いえ、内容がいいからではないのです。もう手に入ら

ないですからね。たとえば、日本のトロツキストが、トロツキーに対して讃え

る短歌をたくさん、収集してあって、それは面白いのですよ。

 

   ○○ペテルスブルク○○ 蜂起の指揮は君が手にあり(○○が記憶から

  失われています)

 

 これで、津田さんはトロツキストを批判しているんですが、ほとんど、なん

だか「誉めている」ようにも思えるのですね。

 だから、あの本をまた手にしたいのですが、もう古書店でも見かけることは

なくなりました。

 でも、その津田道夫が今インターネットをやっていてくれるのかな。これは

愉しい面白いことです。

 ただし、津田さんがこのごろ書かれていることは、私はもうまったく認める

ことができませんが。

編集済

http://shomon.net/

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リンク集は 投稿者:高望み  投稿日: 4月23日(水)22時18分30秒

 

いまのところ先方からオファーのあったケースと、発生の由来が同根であったような鄙親父掲示板だけとなっています。

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「津田道夫」て 投稿者:高望み  投稿日: 4月23日(水)22時17分00秒

 

あんまり面白くもない三浦つとむ論を出してましたが、なんとなく構改派の方面の人だと思われ。三浦つとむも広い意味での構改派のような気がするので。誤解かも。

 近年は南京のことで発言などしているようなので琴線に引っかかったものかと。

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やはり、 投稿者:臨夏  投稿日: 4月23日(水)20時57分06秒

 

そんなものですか(笑

しかし、当人は真剣なようで、気の毒やな。

トンデモでなくても、最近、レーニン主義が復活してるみたいに言う人が

多くて、気になります。

念のため、表に聞いたら、やはり、レーニン主義でええわけない、、とのこと。

 

構改派の人の名前なんですか?不思議ですね。

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もちろん 投稿者:高望み  投稿日: 4月23日(水)20時50分57秒

 

超トンデモは無視するのみです。でもなんで構改派の他人の名を騙っているのかな?

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書き直しました、コメントはかまいません。 投稿者:臨夏  投稿日: 4月27日(日)18時58分26秒

 

中国と日本の現代民主主義

 

  近代は、民主主義の時代である。地域によって、その歩み方は多様である。旧東側陣営と旧西側陣営の例として、それぞれ中国と日本とを挙げ、それぞれの民主主義を比較してみよう。

  

  まず日本では、昭和期に、二種類のインテリ層があった。一つは、民主主義を発展させようとした人々で、もう一つは社会主義者であった。彼等は、直接の社会主義革命を目指した。ゆえに、民主主義を、社会主義実現のための途中段階と、過小評価したり、あるいはそれを、まったく虚偽のものである、とみなし、完全否定したりした。その結果、日本の民主戦線の崩壊を招いた。

 

  中国でも日本と同様に、社会主義崇拝のあまり、いわば「民主主義抜きの社会主義」とでもいうべき現象がおき、ブルジョア民主主義も育たず、肝心の社会主義的民主主義も、未だ産まれていない。

 

  21世紀の地平に立って、20世紀を振り返ってみると、かえって、民主主義こそが、社会主義の究極の目標であったことが見てとれる。

  

  文革は、ブルジョア民主主義の土壌のない場所での、主観的な「民主主義運動」である。従来、「上からの文革=民主主義」の面が強くいわれてきたが、民衆からの、「下からの文革=民主主義」もあった、とも指摘されてきている。

  文革は、結局、全面的に挫折したように見える。しかし、全球化のなか、文革の経験、とりわけ、この「下からの民主主義」の遺産が、地球規模の民主化に寄与できないであろうか。これを、文革期の、とりわけ理想主義的な側面を強く持った、紅衛兵らの大字報などから、析出していきたい。

 

  1968年は、世界的な”革命”の年であった。このとき、日本では全共闘、中国では紅衛兵の活動が吹き荒れていた。わたしは、この二つの現象を、軌を一にするもの、と見る。それぞれ、全共闘運動をもって、日本の現代民主主義、紅衛兵運動をもって、中国のそれを考える材料にしてみたい。

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綱領を媒介とした評価や批判 投稿者:高望み  投稿日: 4月24日(木)14時45分38秒

 

をしている点では、吉本さんが安保ブントを評価したのも、革共同や連合赤軍を否定したのも、同じなのでしょうね。

>>周さん

 

 連合赤軍の問題は重苦しさが一段と違うので、どう考えたらよいのかわからなくなってしまいますが、さしあたり、政治党派一般への評価軸としては、綱領的な世界認識を対象とするというのは、不可避なのではないでしょうか。

 政治というのは人間存在のごく一部でしかないということであって、そのごく一部でしかない幻想性の集約的な表現として、綱領を評価の対象とするという方法だと思います。むろん、それは、連合赤軍にかかわったり、同時代的に闘った当時の学生たちの全存在的な問題はすっかり抜け落ちてしまう方法でしょうが、抜け落として生命そのものも疎外してしまうところに、政治的国家から政治党派にいたるものの怖ろしさもあるのではないでしょうか。

 駆け足で考えるには問題が大きすぎますので、これ以上、書き続けても深まらないと思うので、今日のところはこのくらいで尻尾を巻きます。

編集済

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たみちゃん> 投稿者:臨夏  投稿日: 4月24日(木)14時39分34秒

 

わたしは、ブルジョア民主主義が発展していって、社会主義に至る、と思てます。

 

民主主義とは、社会の全構成員が、対等の立場で対話し(友達、と言い換えてもええ)、

社会を運営していく、その政治的な場でのあらわれやと思ています。

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Re.「現代のトロツキズム」  投稿者:高望み  投稿日: 4月24日(木)14時31分10秒

 

>>吉本さんは津田道夫自身のことは少しくらい

貶したかもしれせんが、この本については私は思い出せません。>>

 

 『吉本著作集 13』のページをめくり直したら、おっしゃる通りでした。香内三郎という人の「現代の『トロツキズム』批判」みたいなタイトルの論文を批判してるのはありました。

 津田道夫の名前は、(むろん否定的に)東大全共闘に支持声明を出した知識人たちの中に列挙されていた箇所ぐらいしか見あたりませんでした。

編集済

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民主主義 投稿者:たみちゃん@ボスのパソコン  投稿日: 4月24日(木)14時24分09秒

 

>ブルジョア民主主義のまま発展し、いまでは停滞している。

 

と、臨夏さんがいうとき、「民主主義」の定義は何ですか?

 

私は、資本主義の発展の上で生じる理念だと思っていました。=ブルジョア民主主義なのかもしれませんが、それ以上のものではないだろうと思いますが。

「自由」「平等」などのように。

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研究計画書き直し、アウトライン、書いてええですか。→更に書きなおし 投稿者:臨夏  投稿日: 4月24日(木)11時54分06秒

 

文化大革命のなかの民主主義 臨夏

 

  民主主義が、現実に世界に姿を現すのは、フランス革命以降である。その後、民主主義の思想と運動は、社会主義思潮の出現によって大きく変わる。

  西側世界では、それはブルジョア民主主義のまま発展し、いまでは停滞しているようである。東側世界では、社会主義崇拝のあまり、いわば「民主主義抜きの社会主義」とでもいうべき現象がおき(*)、ブルジョア民主主義も育たず、肝心の社会主義的民主主義も産まれないまま歴史を終えてしまった。

  文革は、ブルジョア民主主義の土壌のない場所での、主観的な「民主主義運動」である。従来、「上からの文革=民主主義」の面が強くいわれてきたが、民衆からの、「下からの文革=民主主義」もあった、とも指摘されてきている。

  文革は、結局、全面的に挫折したように見える。しかし、全球化のなか、文革の経験、とりわけ、この「下からの民主主義」の遺産が、地球規模の民主化に寄与できないであろうか。これを、文革期の、とりわけ理想主義的な側面を強く持った、紅衛兵らの大字報などから、析出していきたい。

 

*尚、西側世界でも、インテリの間での理論としての民主主義観に、

「民主主義は、社会主義への準備段階」、という認識があり、「本来、民主主義こそ、(社会主義の)究極の目標」という視座が欠落していた。それがいまの、民主戦線の崩壊を招いたといえよう。

 

///

長くてすみません。

まえに出した、「政治地理学」の草稿には、老師が、「具体的な分析方法がない」と

批判しはったんですが、これにも、「分析方法」とか聞かれたら、やはり困るような。。

編集済

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元かもしれないけど構改派氏の 投稿者:たみちゃん@ボスのパソコン  投稿日: 4月24日(木)09時56分31秒

 

下で、私働いてます。しかし、現実的な改革に熱心で実際動いているところは、このご時世頭下がります。

 

「現代の理論」復活WEB版なんて計画があるようですね。。アソシエの住沢さんとかと。。

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わたしの板の 投稿者:臨夏  投稿日: 4月24日(木)05時20分47秒

 

周さん、はじめまして。臨夏、と申しますいんちき趣味者です(^^

 

「津田」氏は、ご当人ではないはずですよ。

構造改革派は、内容を知らんころから、「気合いが入らんの〜」という印象

やったんですが、晩年の石堂清倫先生の著作を読んで、やっとはっきり知りました。

編集済

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Re.「現代のトロツキズム」 投稿者:周  投稿日: 4月24日(木)01時05分53秒

 

>「現代のトロツキズム」 投稿者:高望み  投稿日: 4月24日(木)00時43分44秒

>って、そうだ、吉本さんが批判していた本でしたね、たしか。>>周さん

 

 いえ、覚えがないですね。たしかに構改派のいうこともやることも、間違っ

ていたし、嫌な存在でしたから、吉本さんは津田道夫自身のことは少しくらい

貶したかもしれせんが、この本については私は思い出せません。

 この本の「トロツキズム批判」についていえば、共産同と革共同の綱領をす

べて載せていまして、その綱領批判をすることにより、「だからトロツキズム

は駄目なんだ」という批判の仕方でした。でもはっきりしておきたいのは、綱

領批判だけではなく、いやそれよりも、実際の60年安保闘争にいたる共産同

の行動および思想を明確に批判すべきだったのではと思うのです(私は、「お

前に批判なんかできるのかよ」と思いますがね)。できやしないから、逆に、

日共批判がこそ誰も真っ先に目についてしまったのでしょう。

 ただし、このことは、私には、吉本さんの連合赤軍への批判でも、思ったも

のでした。「試行」での情況論の中で、吉本さんは連合赤軍を、その綱領を持

ち出して批判されていました。私は当時、「これは違うんじゃないかな。もっ

と彼らのやってきてしまった思想および行動を、もっと考察すべきじゃないの

かな」なんて思ったものでした。

 今そんなことを思い出しました。

編集済

http://shomon.net/e/

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「現代のトロツキズム」 投稿者:高望み  投稿日: 4月24日(木)00時43分44秒

 

って、そうだ、吉本さんが批判していた本でしたね、たしか。>>周さん

 

 もう寝ないと。

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帝国主義論の亡霊 投稿者:臨夏  投稿日: 4月23日(水)15時49分20秒

 

わたしの板↓の論争で、

http://6518.teacup.com/rinka/bbs

「新田批判」がおきています。

レーニン主義や、帝国主義にかかわるものです。

 

ご連絡まで。高杉さんが、批判しはっても、無視しはっても、

わたしはどちらでもかまいません。

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re:無意識について。  投稿者:高望み  投稿日: 4月22日(火)14時01分47秒

 

*舌足らずですみません、読みにくかったら、また言うてください。

 

 そうですね、

セミオティック、「一重の意識」

サンボリック、「二重の意識」

 というのと、「無意識」、「オンステージの意識」、「反射意識」、の関係がちょっとわかりにくいですね。

 

>>このオンステージの意識を、もうひとつの我、オフステージのわたしが、

「外からもう一度見て」、無意識を、意識にするのではないでしょうか。

 

 なんとなくわかるような気もしますが。

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re:歴史学でもええでしょうか? 投稿者:高望み  投稿日: 4月22日(火)13時56分06秒

 

臨夏さん

 

 早速どうも。ヘーゲル歴史哲学、マルクス派の諸歴史学説などに関連して、歴史学をめぐる議論も歓迎です。といっても、こちらはそんなに専門的ではありません。

 一応、サブタイトルに「唯物史観」も追加しました。

 

 宮崎市定さんのは有名な『中国史』と岩波文庫の『中国文明史論(?)』を拝見して、大変面白かったです。むしろ、世界システム論や覇権循環論につながるような視点が大胆にとられているという印象のほうが強かったですよ。

編集済

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無意識について。 投稿者:臨夏  投稿日: 4月22日(火)05時56分42秒

 

いまさら『構造と力』を読んで。

 

この本のはじめのほうで、クリオステヴァからでしたか、

サンボリックとセミオティックの話がありましたが、気付いたことなど。

 

この論に、フォイエルバッハをむすびつけようと思うのですが、

ここで、セミオティックとは、フォイエルバッハのいう「一重の意識」

のことではないか、と。

そしてサンボリックとは、「二重の意識」では。

 

たとえば、交通事故のときなど、一瞬のうちに、様々なことを考え、

「あれ?わし普段こんなにいっぱいもの考えてたかな」とか思うようですが、

そういう、一重の意識=反射意識は脳内で、うずまいてるのではないでしょうか。

これを、オンステージの意識、更には、無意識、と呼びたいです。

(オンステージの私の意識=舞台の上で振舞っている意識。

 オフステージの私の意識=振舞っている意識を舞台の外から眺めている意識

 この用語は、表の講義から聞いたもので、出典は知りません。)

 

このオンステージの意識を、もうひとつの我、オフステージのわたしが、

「外からもう一度見て」、無意識を、意識にするのではないでしょうか。

 

無意識の、勝手な解釈ですが、どうでしょう。

 

*舌足らずですみません、読みにくかったら、また言うてください。

編集済

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歴史学でもええでしょうか? 投稿者:臨夏  投稿日: 4月20日(日)05時23分22秒

 

高杉さん>

>イデオロギー色というのは、マルクス主義の、というよりも西欧中心史観の、といった程度ですね。なんで無理から西洋史の時代区分にあてはめなくてはならなかったのか

 

言わはる通りです。このごろ、これを失念していました。

西洋史と日本史は、「封建制」が両方ともにあったこともあって、結構歴史区分が

あてはまるし、

 

中国史も、宮崎市定の論考によれば、これも不思議にあてはまるんですが、

それでもやはり、言わはる意味での限界を感じます。

もっぺんやり直しでしょうか。

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開店早々 投稿者:高望み  投稿日: 4月18日(金)20時01分16秒

 

数日、ネットにアクセスできません。

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経済学・哲学掲示板 投稿者:高望み  投稿日: 4月18日(金)19時37分11秒

 

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原理論、段階論、自己疎外論、物象化論

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